ベジモが創業した愛知県には、障害のある人たちとともに自然栽培を行うベジモファームのほか、循環器疾患の専門病院「豊橋ハートセンター」との事業提携という形で2021年にスタートした「介護予防通所サービス ハートケア」のハートファームがあります。この通所サービスのメインは、自然栽培の畑で野菜づくりを楽しもう!という「グリーン・リハ(農作業療法)」。予防医学の観点からも高い効果をもたらすとして注目されている「医食農連携」とは? ベジモ代表の小林寛利さんと、「豊橋ハートセンター」の事務長、鈴木鉄也さんにお話を伺います。

――ここ「介護予防通所サービス ハートケア」は、「ベジモ」と「豊橋ハートセンター」が事業提携という形で設立した会社「ソトエ」で運営されています。鈴木さんは、「豊橋ハートセンター」の事務長で、「ソトエ」の代表取締役、「ベジモ」の非常勤取締役でもあるとのことですが、はじめに「豊橋ハートセンター」がどのような病院なのか教えていただけますか?

鈴木鉄也(以下、鈴木) 「豊橋ハートセンター」は、私の父が循環器専門病院として1999年に開業しました。循環器疾患とは心臓や血管の病気を指しますが、それまで父は国立病院に勤めていて、「これから循環器内科の領域が重要になっていく」という考えを持っていたけれど、当時の日本には循環器専門の病院がなかった。それなら自分が作ろうと独立し、地元の豊橋に設立したのが始まりです。今では豊橋と名古屋、岐阜に同じ循環器専門病院を3つ構えています。

――日本における循環器病院の先駆けというだけでなく、全身の血管を治療できる世界水準の医療を提供している国内外から評価の高い病院だと伺いました。循環器疾患というと、患者さんはご高齢の方たちが中心になりますか?

鈴木 そうですね。循環器疾患の原因は、先天性の場合もありますけど多くは生活習慣病の長い蓄積によるもの。なので、この病院も患者のほとんどが70歳以上の高齢者になります。日本はこれからどんどん高齢者が増えていくという中で、先端医療はもちろんですが、同時に根本原因である生活習慣病に対する予防医療にも力を入れていかなくてはならないという考えから、父が病院内で患者さんに向けた予防医学の勉強会を定期的に開くようになったんです。小林さんとはこの勉強会を通じて出会ったんですよね。

ハートファームの作業風景。

小林寛利(以下、小林) 勉強会といっても小さな会議室で行うようなものではなくて、ハートセンター内のホールで、患者さんやそのご家族が毎回100人くらい参加されているんです。そこで登壇させてもらったのが最初でした。

鈴木 それまでは、ハートセンターの医師が中心になって登壇していたんですけど、父が予防医学は食が重要だと言うので、有機農業の話ができる人を探していて。地元の友人から同学年の有機農家がいると小林さんを紹介してもらったんです。

小林 この勉強会で初めて院長先生が患者さんに向かって話しているのを見たときは、ほんとうに痛快でしたね。「私たちの細胞は、全部食べたものからつくられているんだから。悪いもの食べてたら早死にするよ」みたいなことを、ちょっと毒舌な感じでユーモア交えてお話しされるんです。初めは僕も登壇で呼んでいただきましたけど、そのうち院長先生のすすめで野菜も販売させてもらうようになって。院長の「こういう野菜を食べないとダメだ」って一言で、あっという間に売り場に行列ができるんです。

鈴木 ハートセンターには患者の友の会というのがあって、院長のファンのような方たちがたくさんいるので影響力がある(笑)。

小林 当時は、まだベジモを初めて数年で、まだまだこれからという頃だったので、こんなに熱量を持って「健康になりたいなら食から考えなさい」と言ってくれる医師がいるってことにすごく勇気づけられましたね。鈴木さんとも、子どもの頃は学校が違ったので接点がなかったものの少年野球で対戦していたことがわかったり、ニュージーランドでの留学経験があったりと共通項があったことからどんどん仲良くなって。

利用者それぞれに育てたい野菜を植えて育てている。

――そこからグリーン・リハの構想が生まれていったんですね。医療と農業、立場は違えど“食で健康になる”と、目指すところは同じという。

鈴木 実際、これからの医療を考えると、ますます高齢化が進んでいくのと反比例して、現役世代が減っていきますから、医療従事者の不足も深刻化していきます。社会に限界が来るのは目に見えているという危機感もあった。だから、小林さんの考えに共感したし、ベジモが目指していることを医療側からも後押しできるんじゃないかと思うようになりましたね。

小林 でも鈴木さんがすごいのは、農業の知識も全くないのに1人で農地を借りて畑を始めたんですよ。あれこれ考えるよりもまず自分が体験してみる、っていう一歩を率先して踏み出すところがすごいなって。

鈴木 自分1人だと右も左もわからないので、とにかくいろんな人を畑に連れていって、それがまた楽しかったんですよ。

小林 そうやって、僕ら2人の間では「自然栽培の畑がいい」ってことを体感として共有できるようにはなったけど、すぐさま「病院が農業をはじめます」というのは、病院で働く職員の人たちにとってあまりに唐突じゃないですか。実際に農業を始めるとなったら、職員みんなに関わってもらいたいという思いもありましたから。それで、病院の社員食堂のお昼ごはんにベジモの野菜で作ったサラダとオリジナルドレッシングをつけてもらうことになって、3年間ほど週に2回食べてもらうというのを続けました。

――そうした土台づくりに3年もかけられたんですね。

鈴木 そう、じわじわ胃袋を掴ませてもらって(笑)。

小林 実際、ベジモのサラダを職員の方たちみんなが喜んでくれたんですよ。「野菜ってこんなにおいしいんだね」と直接言ってくれる人も増えていって。多くを語らなくても病院の中で“おいしさ”に心が動かされて「自然栽培野菜っていいね」というムードがだんだん醸成されていく段階が見られたのは僕自身とてもよかったと思います。

ハートファームの畝は、広く取り歩きやすいように設計。畝にベンチを置いて、いつでも休憩したりおしゃべりしたりができる。

――「グリーン・リハ」の開発も、農作業を中心とした介護通所サービスも、日本では前例のなかったことだと思いますが、これを始めるにあたってハードルになったこと、難しかったことなどありましたか?

小林 一般的に、介護通所サービス(デイサービス)は、介護保険法で要介護1~5の認定をうけた方たちが、食事や入浴などの日常的なケアが受けられることと、身体機能が維持できたり社会的孤立を解消したり、家族の介護負担を減らすなどの役割を持った場所というのがまずありますよね。その枠組みの中で、僕らはどんなサービスを提供していこうかと話しているうちに、やっぱり「予防」が中心であるべきだと。それで、病院の専門性を活かした理学療法的観点から自然栽培の畑で農作業をする「グリーン・リハ」を行う「介護予防通所サービス」という事業内容が決まりました。でも、いざ行政に認可を取ろうとすると「屋外の作業には許可が下ろせません」と言われてしまい……。

――畑のどういったところが危険とみなされているんでしょうか?

鈴木 危険というよりも、屋内で安全に過ごすことが重要とされているんですよね。

小林 ベジモが栃木の拠点で、障害のある方たちと農福連携を始めたのが2013年。今でこそ農福連携は、国も推奨していて取り入れる事業所も増えてきましたけど、当初はやっぱりいろんなハードルがありましたよ。「どうして農業なんて厳しいことさせるの?」という意見も多かった。そうした声に反発するよりも、僕自身が身をもって体感してきた「自然栽培は楽しくておいしくて心身ともに元気になる」ことを、利用者さんにも感じてもらいたいと地道に続けていくうちに、ご家族や周りの方たちの反対意見が応援に変わっていきました。

「介護予防通所サービス ハートケア」の施設長・大田信也さん。

――実際に利用者さんが元気で笑顔になっていくという変化を、一番身近に感じ取るのはご家族ですもんね。

小林 そうですね。だから今回の「医食農連携」も自分たちでつけた呼び方ですけど、必ず理解してもらえるという自信はありました。ハートセンターとベジモで農業法人「ソトエ」を設立して、料理や写真が得意な大田信也さんという強力なチームメンバーが施設長になってくれました。彼が、ハートケアの拠点の入り口にプランターを置いて、「ここで栽培するならどうですか?」と行政に掛け合ってくれて、小さくでもスタートすることができた。そこから徐々に利用者さんのいい口コミも増えていき、病院との共同事業であり、病院の目の前に畑があるという安全性や信頼性も含めて、行政の方たちにも認めていただき応援してもらえるようになっていきました。

――前例のない取り組みとなると、行政だけでなく、利用者さんに来ていただくことも一つのハードルだったのではないですか?

鈴木 初めの頃は、近くの公園で仲良くなったおじいちゃんおばあちゃんを誘ったり(笑)、高齢者が集まるような場所でチラシを配ったりしてましたよ。でも、ハートセンターの院長が一番の理解者だったので、患者さんに勧めてくれたのが大きかったと思います。「なんだかよくわからないけど、院長に行けって言われて来た」っていう利用者さんも多かった。

天候のよい日は、こうして畑にテーブルを持ち出し昼食を食べることも。

――介護度としてはどの範囲の方たちが利用できるんですか?

小林 初めは要介護の前段階である要支援1と2の方か、要支援もついていない65歳以上の方たちが対象でしたけど、今では要介護1と2の方まで受け入れられるようになりました。

――今日ハートファームを見学させていただきましたけど、みなさんとってもお元気で。利用者なのかスタッフなのか、見分けのつかない方もいらっしゃいました。

鈴木 それがある意味理想ですよね。予防医療すら必要なくなっていくという。それに、病院で働く職員には、看護師さんはじめさまざまな職種の人たちがいますけど、心身ともにハードな仕事なので彼らにとっても一息つける場所になっていってほしいという気持ちもあります。働き方改革は、単に業務時間を削るという話だけではない。たまには畑の空気が吸えるような、もう少しフレキシブルな働き方ができるといいと思っていて。高齢者に限らず、予防医学っていうのは詰まるところ食べることと運動ですから。「自分で育てたものを食べる」というのは、一番シンプルで根本的な健康法なんですよね。

小林 それに、ハートファームでは、自分で育てた野菜を家に持ち帰ってもらうんですけど、家族だったり近所の人だったりにお裾分けすると会話の種にもなって、「おいしかった!」と喜んでもらえると、「もっとおいしいものつくろう!」と張り合いも出てくる。そうした元気の源が、人との繋がりや地域との繋がり、経済的な繋がりを生んでいく。笑顔が笑顔を呼ぶんです。そういうことを今の言葉で「ウェルビーイング」というのかなと思っています。

もともとレストランを経営されていたという大田さんが、収穫した野菜で作ってくれる昼食もまた格別。利用者みんなが楽しみにしている。

――ハートファームは、今年で4年目になりますが、これからの展望はありますか?

小林 この3年間は、利用者さんやスタッフみんなで土台づくりに向き合ってきました。自分たちが体感として得ている手応えを、もっといろんな人に伝えていく時には、やっぱり思想だけではなく根拠のあるエビデンスも必要だと思っていて。これから大学などの研究機関とも連携して、科学的にも説明がつくようにしていこうと動き始めているところです。それから、ハートファームも2拠点目をつくろうとしていて、ここでは要介護3から5まですべての方がサービスを受けられるようにしたいですね。

鈴木 僕は、自分も含めそこに集う人たちが「楽しいかどうか」、結局はそれが一番だと思っているんです。今、新病院を立ち上げる構想が進んでいるところなんですが、その敷地内にも畑をつくろうと考えています。「アウトドアフィットネス」や「健康テーマパーク」みたいなキーワードも出てきていたりして。「病院に行くんだけど、畑があるから行くのが楽しみ」になって、病院に行くのか遊びに行くのか境界線もうやむやになって、気づいたら健康になっていたというような。病院がついているからこそ、安全に安心して畑が楽しめる。病院が遊びを後押しするような場がつくっていけたらと思っています。

小林寛利さん

2008年に新規就農しベジモを立ち上げる。2022年に豊橋ハートセンターとともに株式会社ソトエを設立。株式会社ベジモ代表取締役、株式会社ソトエ非常勤取締役。

鈴木鉄也さん

高校3年間をニュージーランドで過ごし、東京の大学を経て社会人として働く。その後家業の医療法人へ勤務。2024年事務長に就任。株式会社ソトエ代表取締役。

ハートケアでは、自社の畑「ハートファーム」で土に触れながら自然栽培で野菜づくりを行ったり(グリーン・リハ)、収穫した旬の野菜を使った料理を食べることで、健康のベースを作る介護予防通所サービスを行っています。また、管理栄養士から栄養を学び、理学療法士から運動を学び、人とのつながり、土とのつながり、社会とのつながりを通して、利用者皆様が楽しく笑顔になれるプログラムをご用意しています。
お問合せ(TEL: 0532-39-5970 平日9:00~17:00) Web https://heart-care.life/